短編小説「旅立ちの春」
2007-03-06


文章塾 第14回投稿作品

題名「旅立ちの春」

僕は、整理した部屋を見渡し、荷物を持って階段を下りると、
居間から「駅まで送っていこうか」とお母さんの声が聞こえた。
「いい、一人でいく」
「着いたら電話するのよ」と車椅子で玄関へ出てきた。
お母さんは、僕が生まれる前、親父との春登山デート中の事故で、
奇跡的に命は助かったが、歩けなくなってしまった。
「うん」と振り返らずに、バス停へ向かった。
バックから財布と時刻表を取り出そうとした時、
友達からもらったテニスボールも一緒に飛び出してしまった。

それから、どれくらい時間がたったのだろうか、
どうやら、僕はボールを追って走り、トラックと接触したらしい。
お母さんは、僕を見送りに行かなかったことを後悔し、
毎年、入学シーズンの桜の花が咲く頃に、ひどく落ち込むようになってしまった。

この日が来るのを知っていた。
今日は、3年前と同じで天気がよく、桜がきれいに咲いている気持ちのよい日である。
「和也、早くしなさい、電車の時間に間に合わないわよ、余裕を持っていかないと」
「当分、帰らないから、兄貴に線香をあげていく」
お母さんも和也の隣で拝み始めた。
「そうだ、お父さんが丸い物は持たせるなっていっていた」
「大丈夫、無事に行けるさ」
家から駅までの二人は、相変わらず、つまらない話題で盛り上がっていた。

通過電車が心地よいメロディの警笛を鳴らしながら滑り込んでくると、
ホームに落ちている桜の木の花びらが風圧で、波が来るように順次、舞っている。
僕は、波が到達する寸前に和也の隣に舞い降り、全身全霊で和也を押し倒した。
直後、人が後方から猛然と走り、通過電車に飛び込んだ。
和也はホーム中央側に倒れ込んで、お母さんは唖然としていた。

和也は立ち上がりながら、
「お母さん、兄貴がいるよ、いま」
「そうかもしれないわね、高志、ありがとう、ごめんね」

30分遅れで電車が発車していく。
僕は、穏やかな日差しの中、花びらと共に舞い上がる。

以上 (文字数:789)

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